寝ている親父をあまり気にしていてもしょうがないので、まあ、ぼちぼちレジャーも再開です。
今日は、ママの提案で日光へ。
竜頭の滝から上が紅葉スタートしていました。
戦場ヶ原は、寂しい風景。秋というより冬を先取りしたい気分の方は、お勧めです。
湯の湖の紅葉もまだ3分というところでしょうか。
平地は暖かくても、奥日光は小雨、強風で寒かったです。みんな冬の装い。
多少混んでいたのは、華厳の滝駐車場と竜頭の滝だけ。
子供たちが寝てしまったので早々に帰宅。
帰路、日光杉並木で、初心者の乗用車とちょっとヤンキーの乗用車の人身事故。
車が目茶目茶で通行できず。迂回してきました。
あと数分早く差し掛かっていたら、こっちがぶつけられていたかも。。。
連休なのに、記事なし。
昨日は、海という意見もあったが、晴なのに、強風、大潮でさすがに思い留まる。
川もちょっと・・・遊水地は平地もよりも風が強いので避けてしまい、何もしなかった。
今日は晴れて暑い。
だがママは飲みすぎたと言い、ミキはテレビだの友達だのと言って出掛けない。
結局は午前中、仕事。
午後はブラブラする。
なんかここんとこ風邪っぽくてだるい日が多いが今日はまずまず。
久しぶりに象さん山に行く。
検索によると「動く着ぐるみ」のエントリー以来となる。
http://blog.yshimada.org/mt/archives/2005/02/post_252.html
山添いなので、今より後の季節は辛くなるだろう。
動物園はタダ、遊園地も安い。
キヨは前回行ったことを覚えていないから、動物や魚やらでいちいち歓声を上げていた。
まあ、適当な運動になった。
デブなミキ兄だけは疲れたぁ、の連続。困りものだ。
そろそろアウトドアシーズンの終わりに近づく。明日はどうしようかな。
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飲むとしゃっくりが出るのはどうしたわけか。どこかで読んだ気もするが。
もしかすると、今年最後のBBQを遊水地でやる。
山はもう寒いし海もNGの天候だった。
平地は25度の予想だったが、そんなに上がらなかったと思う。
遊水地は平地に比べて風が強い。その分だけ体感温度が低いので、この先のシーズンは晴れていても風のない特定な日しか遊べなくなる。
肉専門店の肉じゃなくて、スーパーの肉を焼く。
なんかクスリ臭いと思ったが気のせいだろうか。
行く季節を惜しみ飲みに飲んだり。途中からしゃっくりが止まらなくなった。
人出はかなり多かった。
いつも不思議に思うのは、PM2時とか3時とかにスタートするグループ。
5時で閉門されちゃうのに、ゆっくりする時間もないだろうに。
ほとんどみんな、炭持参。
テント持込みグループも多い。
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24日午前5時、父が亡くなりました。
生前ご厚誼、ご心配くださったみなさま、ありがとうございました。
祖母は2月14日=祖父の誕生日(?かな)に亡くなり、祖父は11月20日=祖母の誕生日に亡くなりました。
父はいつなのかな?と思っていたら、母曰く、今日は結婚記念日だった、だそうです。
覚悟もしていたし、それより予感がありました。明日の明け方だろうと。
だから、5時前に自宅電話が鳴る前から目が覚めていて、さて、そのときが来たと思っただけです。
24日病院から葬儀社へ連絡、遺体引取りをして、菩提寺と打合せ。
25日通夜。26日葬儀、火葬。27日納骨とまあ、けっこう大変です。
骨にして墓に埋めろ、それ以外に何もするな、という遺言でしたので、ほとんどどなたにもお話していません。
ですが、菩提寺の意向で、どうしても通夜葬儀をやらないと墓地に埋められないんだそうです。
話はたくさんあるのですが、書くと長くなるので。
たぶん船橋の家です。葬式の写真じゃなくて古い写真を選びました。
昨日の記事。紅葉だぁ・・・と先週からウルサイままの希望でままバスに乗り出発。
もうこの時期なので日光へは行かず、今市、鬼怒川、日塩紅葉ライン、塩原と回る。
やはり山頂ではもう紅葉は散った。あの有名な白滝のところにも何もなし。塩原ではまだまだこれからも見られる。
奥塩原付近では道端に少々の雪。
塩原へ下りてきたところにある奥塩原温泉の辺りに売店がある。
大根やきのこなどを売っている。
http://blog.yshimada.org/diary/diary.cgi?mode=popup&y=2003&m=11&d=22
http://blog.yshimada.org/mt/archives/2004/10/post_158.html
↑過去のブログと日記から。
2004年に同じ場所できのこ汁を食べた。
さて今日は、キヨに新しいチューレンが付いた。
コロコロくん
この売店のおばちゃん曰く「この子、コロッとしてて可愛いね」だって。
そうだよなあ、コロコロくんだなあ。
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ままが濡れると言ってカニ山へは行かず、千本松牧場で動物と遊ぼうと思ったら、ミキが釣りを始めてしまった。青い魚をゲットしていた。
千本松牧場の過去記事↓
http://blog.yshimada.org/mt/archives/2004/11/post_177.html
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昨夜は親父の月命日だというので、寿司が出た。
まだ1ヶ月かあ。
もう昔の人になった感じだな。
忘れる前に書いておくが、病院がバカの一つ覚えみたいに打ってた薬がペントシリンという。
http://www.toyama-chemical.co.jp/news/detail/040215143443.html
さてはて効いたものか効かなかったものか?
どっちにしてもバカの1つ覚えで抗生物質を打ち続けると耐性菌を作り、院内感染の元になる。
それだけは間違いないようだ。
来週日曜が49日で、それで仏事は終わる。
今日は、部屋や画室を掃除したり整理したり。
けっこう体を使うものだ。
我が家の東の一角を我ら親子4名が占拠している。
少々狭くなってきた。
茶の間や死んだ親父の部屋画室など残り5部屋にオフクロ1人という状況だ。
ミキをどこぞに追い出そうと思っているだがなかなか出て行ってくれない。
もしかすると自分が一番危うかったりする。ハミダシそう・・・
それはそうと、我が部屋は、北から寝室6畳、居間8畳(昔は死んだジイちゃんの画室)、縁側2畳という構成になっている。昔はちゃんとフスマやガラス戸で区切られていたが、息子たちのせいでそれらはみんな壊滅した。16畳+押入れが通気良く連続している。
キヨが出てくる前は、ちゃんと寝室6畳で3人寝ていたものだ。
それがどういうわけかいつからか、ママとキヨが8畳のほうに脱出した。
で、トーチャンとミキが6畳に残ったのだが、ミキは一晩であっちへ行ったりこっちへ行ったり配置換えをする。1晩ごとに居場所が変わったりもする。
ママとキヨが動いたのは、キヨが夜中にウルサイのでトーチャンが眠れないだろうということらしい。
で、最近寒い。隣の空き地は霜で真っ白。
8畳のほうにはホットカーペットがあって暖かい。
で、夜は飲んでその場に寝てしまう。
ふと起きると目の前にキヨの顔があったりする。
で、1人じゃ嫌だとばかりにミキも8畳へ来ると、結局寝室ではだれも寝ていないことになる。
ということで、
そしてだれもいなくなった。
ハチャ目茶グチャ混ぜ。
事務所に追い出されたら寒いんだろうな、きっと・・・・
今日はカニを買いに行くことになる。
行き先は、大洗の港の市場。
昨日テレビでその近くの市場(イエロー何とか)が出ていた。今の茨城の旬はアンコウだけど、そこはミキくんの研究発表に任せるとして我が家(というかママ)の希望はカニということで出発。何となくミキを味方につけて賛成させ、珍しくR50で現地に迫る。
いつもは水戸入管のついでに寄る市場だ。冬だから空いているだろうと思ったらとんでもない。
市場の入口が大混雑の大渋滞。
それに、回転寿司も人が一杯で入れない。
魚市場で屋台の冷めた焼きソバを食う始末。
カニは、目的どおりママの希望でズワイガニを買う。
帰り、ミキの希望で水族館と言いたいところだが、市場の渋滞に時間を取られてあんまり気合なく、大洗海浜公園に寄ってお茶を濁す。
冬の海は意外と暖かかった。今日だけなのかな。もんやり暖かいのは。
だけど海の姿は、凍るような厳しさと恐ろしさが漂っていた。
嫁さんとキヨがタイへ一時帰国し、義父を伴って戻ってきて数日経過。
義父はやはり寒いらしい。風邪気味になってしまったようだ。
まだ観光らしいところへは行っていない。
嫁さんも気合が入っておらず、仕事を進める気になれないようだ。
まあ、日本のリズムを取り戻してボチボチやるんだろう。
キヨは年末以来保育所へ行っていない。
2月の残日数と保育料を考えて勿体無いという判断だ。
今日は幼稚園の説明会みたいのがあった。
3月どうするか。
保育所へ行かせるか、幼稚園が1ヶ月早く受け入れてくれるか。
普通の生活に戻るにはもう少し時間が掛かりそうだ。
昨日の出来事。
日記やブログから拾うと、ワットパクナムのソンクラーンへ行くのは、3年ぶりらしい。
http://blog.yshimada.org/mt/archives/2004/04/post_51.html
↑このときは、駐車場をいくつも借り切ってあって、警備員が出ていて駐車もスムーズだった。
ところが今年はそうは行かない。
着いたのは11時前。
車でごった返し、まるで整理が付かない。警備員なし。
そして、人出は2倍か3倍になっていた。
車を止めるところが無くて奥まで行ってウロウロする。嫁さんを歩かせて場所探し。全然空いてないよ、の声がする。嫁はクラウンの前に止めちゃえと言う。
そうすると、目の前に知った顔がいる。隣町の人で今年在特が取れたタイ人夫婦だ。
「車止めるところ無くってさ、参ったよ。」「もう帰りますから、ここへ止めてください。」
ラッキーとはこのこと。
旦那さんのほうは、髪が短く少し痩せていた。聞くと、ビザ出たからタイへ帰ってお坊さんやってきたとのこと。日本流に言うと「この幸運を神に感謝」というところだろう。この旦那さん、前はあまりお寺好きじゃなかったのにね。さすがにタイ人だ。少しは見習いたい。
会場は、屋台の数も増え、途中で品切れというのも少なかったようだ。食おうと思えば腹いっぱい食えるだけのお店があった。
ミキが「なんで、何でもタダなんだ?」と聞く。
そのテーマ、一生掛かって学んでほしい。
それから、今日はタイのお正月として、本当の日本のお正月はどこへ行ったのか調べてほしい。
ワットパクナム日本別院。「ナム」は「南無」なのかな?
思えば、最初のころはワットも無くてコンクリ建物とボロ2階で選挙の投票に来たんだった。。。
どっちにしてもウイパン孝行というところだろう。死んだ親父は家に立てこもってどこにも行かない人だったから。
他にウチの町に住んでいたタイ人女性、サーミーの会員2組と顔を合わせた。
一緒に行くはずだった家族は別行動になって現場では見つからなかった。
帰路、牛久の大仏が見えた。
ウイパンに聞くと、見て行きたいという。
いい加減なタイ語で名づけた。
「ワット・タナカーン」
何でもカネのお寺だ。
だけど、この大きな大仏の前に立ち、池や花を見ていると、あの世というか浄土というか何かそんな雰囲気に浸れるのは確かだ。
キヨがここに着く前に寝てしまった。
ミキとウイとボクで中に入った。
ミキが大仏の中に登るのは怖いと言う。
だから屋外券だけ買った。
ぐるっと見て回ってミキがミニ動物園で喜ぶ。
カッバーン、と言ったんだが、ウイは上に登ると言ってスタスタ入っていってしまう。
チケットを買い増しして(割高)、結局、地上85メートルとやらに登る。
風が顔に当たって気持ち良い。
親孝行。
行ってきた価値はあった。
体が疲れ、いつもの神経疲れと違って体に良いと思った。
昨日、今日と眠くて堪らん。
暖かくなったせいか。
昨日は小学校の授業参観で、2時だと言ってあったらしいがホントは1時で、ママが行ったときにはみんな帰るところだったそうだ(爆沈)。
夕方はキヨの歯医者。
今日は、キヨの授業参観でママが面倒がっていたが、こっちは写真印刷ソフトと格闘していたので出掛けたくなかった。仕事と誤魔化して、ママとミキで行かせる。
やっぱりひどい目に遭ったと、ご感想。
こっちでは、月に2回は土曜でも幼稚園があるけど、今日はそれもお昼で終わり。
今年は、小学校も幼稚園も運動会の準備役になった。
午後からみんな揃うけど、ママとキヨは昼寝。
ウイは自転車に乗ってどこか行った。
ミキの通信添削を送る。マークシートは親の代行なので面倒。
ミキは良くわかんない本をせっせと読んでいるようだが、一見小説でも中身は漫画だそうだ。
子供2人が小学校と幼稚園でそれぞれたくさんの紙が舞い込む。
手一杯だなとつくづく思う。
去年の釣りハジメは4月15日となっている。
http://blog.yshimada.org/mt/archives/2006/04/post_645.html
今年は1週間遅れとなり、桜も散り始めている。
成果は、去年と同じ。
ミキがブルーギルを1尾釣ったのみ。
ウイも釣れてなかったし。
結構暖かいけど、まだ時期が早いのだろう。
さて、どこへ行くかという話になった。
テレビで華厳の滝の水量増量のニュースをやっているのを見て日光というより金精峠へ行ってみようと思った。WEBで調べると開通済みだということになっている。
金精峠のあたりから雪を見られる。菅沼へ行く。
そして、前と同じ場所の写真を撮ってみようと思った。
4年前の4月26日、キヨがお腹に住み始めたころ。
http://blog.yshimada.org/diary/diary.cgi?mode=popup&y=2003&m=4&d=26
これが、今年の写真。
今年のほうが寒いのではないのかな。
湖面はほとんど凍結していて氷上を石がすべる。
キヨの身長からするとGWの雪の高さは10年前の数分の1ではないかな。
昔は、青緑の雪が背丈より高かったような記憶だ。
甘酒のサービスは変わらない。
夏はここでキャンプというのも良い。
電波は全く来ない。
菅沼から丸沼へ向かう。
途中、スキーもやっているし、リフトも動いていた。
丸沼は若干標高が低いせいか温泉が出ているせいか、氷結しないようだ。
平地の天気予報は午後雷雨。
ということは、山の上はもしかして。と思っていたら見事的中して雪が舞った。
今までは何度行っても日光へ引き返したのだが、今回は初めて沼田を目指す。
白根山の温泉に入る。
ウイには熱すぎたようだ。足も入らない。まあ、温泉としては中くらいの温度でゆっくり浸ってきた。
沼田をかすめ、山道を経由してR50に出て帰路を取る。
下道を270キロほど走った。
自分が全部運転した。クルマは友達の2000ディーゼルで少々踏まないと走らないけれど案外爽快だった。ふらっと行って知らないところに泊まってみたい。
ときどき、前と同じ場所の写真、と思う。
今考えるのだけれど、これはデジャビューを時々見るのと何か通じているのかな。
土曜の金精峠のあと、日曜は思川の少し上流でバーベキューを敢行。水量が少なく、釣り客を見かけない。月曜はふるさとの森へ行き、ここでもバーベキュー。レンタルコンロと完全持込み式がある。当然持込みだが、事務所で申請書を2枚くらい書かされる。距離、ロケーションとも悪くない。釣り堀もあるがあまり釣れていないようだ。
http://www.city.ibaraki-koga.lg.jp/06renewal/sisetu/park/furusatonomori.htm
実は、もう数ヶ月も前からバアちゃんが家を建てると言ってうるさい。
今の家は確か35年くらい前の木造平家で屋根が重く、土台がいい加減にできている。
主に死んだ親父の画室方面の床が抜けそうだ。
でも、面倒なことは御免なのでなるべく遠慮したいのだが、バアちゃんが生きているうちに建て直したいんだそうだ。
それも、平家、ソーラーという条件付。
アエラホームに行くが応対悪し。
前から不動産屋の友達が推薦していたタマホームに行く。
品質良く低価格が売り物らしい。
40万クラスの建築を25万クラスでやるんだと。。。
億劫だねえ。オレの事務所どうしてくれるんだよ!
4日朝の写真を追加。

連休も今日で終わり。
今日は明日の仕事を少々準備して、学校や幼稚園の用意をしておかなければ。
明日は例によって早朝の出張だ。
昨日はまたまた川でのバーベキュー。
ウイが川で粘ったが釣れず。
ということで今年のGWの総決算は、川のBBQ2、公園のBBQ1、山1、お客の接待による寿司屋1。
今年も遠出なしだが案外忙しかった。
連休明けは溜まっていた書類をあっちこっちの入管へ配って歩いた感じだ。
少々疲れた。
8日に水戸へ行きついでに寄った市場の外。岸壁から海を見ると頭がくらくらしたとウイ。

週末はタイフェスだったが、キヨが風邪、ウイも咳、果てはトーチャンも熱っぽく、珍しく週末何もせず。
日曜午後、ハウスメーカーの人が来て打合せ。
今朝、キヨなんか咳コンコンでゲーしながら、「イク行く!」と幼稚園行ってしまった。
ウイの咳、トーチャンの頭ボーは今日も続く。
解熱剤飲んどこうかな。。。
先週、体が重かった。死ぬんじゃないかと思うほど重い。
結局風邪と判断して土曜から日曜に掛けて薬を飲んだ。
12代柿右衛門が祖父に贈った壷を引っ張り出す。
写真をまともに載せるのが少々怖い気がする。
公開サイトには箱書と当時の写真くらいで我慢していただこうか。
左から2人目が祖父。あとは柿右衛門先生とご一家なのだろう。場所は銀座スコット亭というところ。
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日曜は釣りだということになり、遊水地と裏の釣り堀を梯子した。
が、収穫は1尾のみ。遊水地でウイが「日本の魚」を1尾釣るが、裏の釣り堀では全然駄目。
いつものポイントでは引くには引くが針を喰ってくれない。
魚自体が減ったのかと思う。
話はマユツバと思われがちだが・・・
遊水地の橋の下で、どうみても「アロワナ」の体型をした魚2尾を目撃する。
背びれとか顔付きとか、どう見てもアロワナ種にしか見えない。色はグレー系。
体長は少なくても1メートルはあった。2尾が寄り添うようでもあり争うようでもあり。ときどき大きな口をあけて大地を仰ぐ。水草の間を塗って重厚に泳ぐ。
ボク、ママ、ミキ、キヨと4人で見ていたから、そういう怪魚がいたことは間違いない。
想像が正しければ、シルバーアロワナあたりを飼っていた人が飼いきれなくなって遊水地に捨てたのではないかな?魚は見えても釣れるはずはなく、投網かな???
月曜。先週に引き続き在特案件アリ。仮放免になって一歩前進だが、仮放免後の就労許否について、入管の態度が1回ごとに変化する。
お付き合いのあったおばあさんが脳梗塞で倒れ、火曜日に亡くなる。
夫婦共に病院や葬儀の準備に飛ぶ。
金曜は水戸の入管へ行き、在留資格の取得手続をした。即決してくれる。外国人が日本で子を生んだときの手続だ。30日以内に申請する。
親が永住者で期限内に申請すると子は永住者、期限を過ぎて特別受理になると永住者の配偶者等となる。
金曜のやつは、定住者の実子で両親とも定住者ってナニこれ?と水戸の所長が言う。答えは日配崩れ定住とその夫でOSから定住もらった夫婦。まあ、何でも良いやということになるが、問題は、母親のほうが更新手続中で外見上の在留期限切れになっていることだ。これは問題ないということで本局のOKももらって行ったから、こっちは自信がある。
土曜は先週のリベンジとばかりに釣りに挑戦する。友達の案内で古河(旧三和)の南の外れのほうの釣り堀へ行く。ハゼ?10尾とブルーギル2尾が上がる。
この小さいやつを釣るには仕掛けが大きすぎた。途中落ちたり・・・・
例によって今ごろ日曜日の日記。
起きて一息つくと、ママが海だと言い出す。
着いたのは、またぞろ旧大洋村だが、↓の場所の一つ南側のビーチになる。
http://blog2.yshimada.org/2007/03/post_77.html
354号を東へ走り、51号にぶつかって左、直ぐにコンビニの脇を右に下りたところが3月に行ったところ。51号にぶつかって右、1キロほど行って左に下りたところが日曜に行ったところ。
今の時期は良い。混んでないし寒くもない。波も小さかった。絶好。
サーファーと釣り客が、まばらに広がる。家族連れは少ない。
収穫は、貝。これは良くタイ料理屋なんかで売っている黒い2枚貝で中がオレンジのやつ。大漁。
もう一つの貝は、カキ???
ウイが「おっ、日本人が貝を拾って食ってるぞ」てな具合に言い出し、なるほど剥いてみるとカキ貝みたいな感じだ。食ってみると、確かにカキのような味で食い終わると少しエグイ。醤油とわさびを載せるとオツだった。いくつ食っても未だに死んではいない。これは持ってこないで現地で完食。
あとはカニ。これも大漁に捕まえてきて、結局、タイ料理になった。
今日は海へ行くらしい。
カニと貝とかが獲物だな。
食材の自然捕獲に挑戦してきます。
魚も欲しいけど落ちて死なないようにしないと。
昨日のカニです。
探せば何種類もいるはずですが。
そろそろ料理されそうです。
昨日は午後から遊水地へ行き、川えびを取る話が直ぐに雨。
ある程度の数は取れたが、なんせ小さいので食べたもんだか飼ったもんだか困る。
朝までにほとんど死に、生き残ったやつをメインタンクに入れると直ぐに魚の餌になってしまった(爆)。
午前中、ママがミキに肩モミしろと言う。
キヨが出て来て、僕もヤルー、と来る。ママがキヨはインナイと言って追っ払うと、キヨがママを蹴飛ばす。ママを防御するためトーチャンがママとキヨの間に入って代わりに蹴られる。今度はトーチャンの上にママが乗って肩モミ開始。
と、ミキ曰く。
「カエルの交尾!」
なんともかんとも・・・
9歳の息子にそう言われるとは。
カエルだってさ。
今嫁さんから電話、「家に着いたよ」とのこと。
昨日の朝、タイ父は帰って行った。在留期限を1ヶ月あまり残していたが、こちらの家の改築もあり間も無く仮住まいになる。帰りたくなったのか飽きたのかはっきりわからないが、嫁とタイ父の間で日程を決めて戻っていった。嫁が同行するか?これもテーマだったが、スワンナプームからドンムアンへの乗り継ぎがどうにも不便で年寄りの1人旅は無理ということになったのだろう。
タイ父がこの時期に帰りたがっていたかどうかはわからない。もう帰りたいと言っていたという話とまだ戻りたくないと言っていた話がある。真相不明。医者の予約もドタキャンとなった。
結局、父を帰したのは嫁だと思う。
父は口うるさい。
あのタイ人はクズだ。
こっちのタイ人も駄目だから付き合うな。
帰りが遅い。亭主が働いているのに遊びに行くつもりか。
ホームシック、望郷、親兄弟が恋しい、と在日タイ人社会では言われるけれど、結局、嫁には親が最大のストレス源だったことになる。
日光と海くらいは行ったけれど、それらしい名所にはどこにも行かなかった。7月14-16日に何かやろうと思っていたら、その前にパッと帰られてしまった。釣りも不調だったしね。
嫁さんがいないので、子供2人はなかなか忙しい。シングルパパとしては子供1人というのはやったことがあるが2人は初めてだ。まあ、戦争も早朝だけのことだが。
来週嫁さんが戻ってくると、いよいよ改築に向けて荷物の整理なんかが本格化する。
だけど、この事務所をどうするかまだ決まってない。
それが決まらないと、解体も電気も光回線もどう繋ぐのか決まってこない。
タマホームは事務所を動かさなくても母屋の解体、新築ができると言っていた。だが、ほかの解体屋さんに聞くと事務所が邪魔で難しいと言う。
さてさてどうなるのかな。
家もまた、電気を切られ、水を止められると死ぬんだと思った。
これが、死を向かえた後、焼かれる直前の我が家だ。
26日に電気を切り、アパートに移り、倉庫を建て、荷物を整理し・・・
全部、業者にやってもらうつもりが、友達1人2人頼んで全部自分でやる羽目になった。
仕事はできないし、体はバラバラになりそう。痩せちゃったかな?
今も、倉庫として残されるボイラー室のドア付けを友達がやってくれている。
我が家に。
お世話になりました。